2015年4月23日 (木)

山形de冷しらーめん「栄屋本店」さんの冷しらーめん750円(税込810円)

Jr 東北編その2にして最終回。
 そういう訳で(どういう訳だ)15時半過ぎに大石田から帰りのつばさがやって来た。
 ここから山形まで行って途中下車、これだけが今回の出張のわずかながらの楽しみ。
 大石田はとにかくそんな何もない土地やったので、山形しか期待する所はない(大石田にまた失礼なことを)。

416jrJr_2 新幹線では山形まで30分程で着いちゃう、もう散ってるだろうが、ワタシが行った時は山形城のお堀の桜が満開でとても風情があった。
 あ、ちなみに微妙な所で、大石田ではまだ桜は咲いていなかった。
 余談であるが新幹線の改札を出たらダイヤブロックで作られた東北新幹線が迎えてくれる、すごー。

 えーっと、山形を代表する一杯といえば辛味噌ラーメンになるのかな???
 ラー博で何度か食べたけど、基本的にワタシは味噌ラーメンってそれほど食べたいってモンじゃない。
 だって味噌ってハズレのない調味料やから大概美味くなっちゃうし、それに辛い要素まで満たしてちゃ、そりゃ反則でしょ、にんにくも利いてたら無敵やん。
 なので除外。
 とするとやっぱ冷しらーめんになっちゃうんじゃないの???


416Photo ・栄屋本店:冷しらーめん750円(税込810円)

 場所は駅からだとちょっと歩いて15分くらい。
 駅の東側の繁華街の方に出て、メイン通りを歩くこと5分ちょい、甲州街道と呼ばれるR112に出るので、そこを北に上がって10分足らずで七日町というT地路の交差点があるので、そこを10m過ぎて東に折れて100m。
 こういうと分かりにくいが、今やスマホンでどこでも行けるので探してクレイ。

 着いたのは16時半前、そんな時間なので広い民芸調の店内もお客さんは2組。
 最近どこにでも居る若い中国人4人と、おばあちゃんがお一方いらっしゃった。

Photo_2Photo_3Photo_4 食べる物は決まってるが、一応お品書き確認。
 そば・うどんとラーメンのメニューがある、かけそばだと600円、温かいラーメンだと600円。
 そして冷しらーめんシリーズがある。
 蘊蓄もあるので載っけておく。

 『山形に名物「冷しらーめん」あり。ただし冷し中華ではありません。どんぶりにつめたくひやしたスープが入り、らーめんもつめたくひやした山形ならではのおいしいらーめんです。山形市はかつての最高気温記録40.8度を計測した盆地です。盆地特有の蒸し暑さとあいまって、夏は特に気温が上昇します。エアコンの普及もない昭和20年代、少しでも涼を求めて生まれたのが、冷たいラーメンです。盆地ゆえの暑さと、蔵王連峰から流れる冷たい水、こだわりのそば職人が生み出した傑作と言えるでしょう』。

750810Photo_5 ここまでは別に何てこたぁないんだが、これが時間がないのに(滞在時間1時間半)結構出てくるのが遅いのよ、もう一軒行くつもりやったからハラハラもんよ。
 とにかく待ってた待ってた冷しらーめんがこやつ。
 ほー、見た目湯気がないだけで温かいラーメンと見分けるのはキュウリくらいか、キュウリ入れちゃうと冷し当然になっちゃうじゃん、ははは。

Photo_6 では麺から食べてみよう、ぞぞぞ~~~っと。
 へぇー、少し太めの麺は角がなく丸みがかった印象、縮れでなくてストレートなのも意外。
 縮れた方が冷たいスープがより絡みそうやけどなぁ。
 ではちべたいスープはどんなんやろかー???
 うむ、これは和風ラーメンですね、地元では牛をスープに使用するらしいが(米沢牛とか有名やしね)、それに鶏に鰹と昆布らしい。
 そんでスープには氷が浮かんでる、なのでスープ自体はカキンコキンに冷えてる訳ではない。
 チャーシューはだから牛で脂の全くない部位が使われており、しっかり噛めばしょっぱい味が拡がる。
 メンマは細めも変な味が付いておらずコリコリとして好きじゃ。
 もやしもOKでしょう、ネギに蒲鉾に、そんでキュウリが納得いかん(笑)。
 いやでもこれが入ると冷たいってことが容易に想像出来るし冷やし中華っぽい(別に温かいと思わせるフェイク品を作ってる訳やないんやから…)、ワタシ的にはこのキュウリが和風のスープにキュウリ臭を染み出させてる気がしたので、これは最初に是非とも食べて欲しい、麺よりもじゃ!!!
 力説する程のことじゃない、言いたい所はもっと別の所。
 結局は油でしょう。
 動物系を使うと冷えたら白く固まるわいな、だから上積みを取って植物性の油、つまりはサラダ油とゴマ油をブレンドしたのを浮かべてるんだが、この油が実は最後まで残って意外とクドい。
 スープ完食派のワタシであるが、これは結構邪魔であった。
 この時期やからそう感じるのかもしれん、メチャメチャ暑い日には気にならん可能性もある、しかしワタシには余計に感じた。

 以前、西新宿で山形の冷しらーめんを出す店があって、食べたことがあったが、本場で
も食べれて何やかんや言うたが嬉しかった。
 しかしこれで完成されちゃって良いのかと思ったのも事実。
 ド素人ではあるが、現代風にアレンジしたらまたおもしろいと思ったが果たして。


416_2 食べたらお会計を済ませて来た道戻って、手打ちのラーメン屋さんがあるというので急いで行ってみたが、ご覧のように暖簾は出てるが扉が開かない。
 店内覗いてみたら店主が仕込みをしてるのにだ。
 扉越しに何時からですかと訊いてみたら、18時頃からです、と言われた。
 確かに暖簾は出てるがその横には準備中とあった、がくり。


 ここも恐らくはもう二度と来ることはないと思われるので実に残念。
 ならばせめて土産にと、駅の百貨店の一階の食料品売り場で「だし」という山形名物のご飯のお供のお漬物を買って帰ろうと思ったんだが、夏野菜なので5月以降です、ときっぱり言われてしまった。
 撃沈。

 一期一会という言葉が虚しくなった帰り道であった。
 これでワタシのホームタウンの池袋に到着したのが22時前、とても長い長い一日でありましたとさ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2015年4月21日 (火)

山形は大石田de10割そば「そば処 ふうりゅう」さんの板そば800円大盛り150円

 先週はメチャクチャな日程の出張であった。
 水曜は朝から名古屋に行って、夜に東京に移動、木曜に秋田の手前の山形の奥まで行かなければならんかったから。
 そんで3時間程滞在して(その間仕事ね)折り返して山形途中下車、ラーメン食べて、また新幹線に乗って東京へ、金曜に静岡に行かねばならんかったから。
 ほいで静岡の仕事を終えて名古屋で一件商談してミッション終了、長過ぎるっちゅーねん。

416e6e5E6e5E6e5_2 しかし東京ってのは流石やと思わせるのがJR東京駅。
 ホームも20本以上あるし(あったよな???)、特に壮観なのはありとあらゆる新幹線が居るってこと。
 これは別に撮り鉄でもなんでもないワタシですら写真撮っちゃったもんな、東北新幹線E6系&E5系。
 この連結してる部分なんて普段見ることないもんな。

Photo 話題の(もう話題じゃないか)北陸新幹線も当然居る。
 カッコええかどうかは個人の主観。
 ワタシは500系新幹線が一番好き、あの先端の鋭さは他にはない。
 今ののぞみなんてデザイン上では後退してるんちゃうかと思わせる。
まぁ、今はエアロやから美しさは求めてないのかいな。
 500系なんて山陽新幹線のこだまになっとるから乗ることすらめったにないもんな、余談。

JrCimg2029 さて今回乗ったのは東北は山形新幹線つばさ、画像は目的地で撮ったもん。
 顔は尖ってもないし、カモノハシでもない、ちょっと普通感が惜しい。
 上りから下りになる際に、シートがどうひっくり代わるのかと見てたら、時間差で内側
にぐるりと回るのね、画像は分かりにくいが感心した。

 さー、ここから山形の大石田まで3時間半の長旅じゃ。
 福島って1時間くらいで行けるのね、競馬場まで新幹線では行かんと思うが、結構近いのかいな。
 そこから分かれて山形新幹線コースになったら米沢辺りではかなり高地を走るようで、道中雪が積もってた。
 そんでスピードも遅いのねー、ワタシが毎日乗る阪急電車くらいのスピードやん。
 そりゃ3時間半掛かるわな、とほほ。
 とはいえそこは新幹線、シートは豪華でのぞみなんてチャチくて話にならんわ。

416jrJrup ようやっと目的地大石田であるが、上でも述べたが秋田の手前、どえらいとこまで来たもんだ。
 前もって情報収集してたが、何もないとのことであったが、新幹線が停まる駅だから何かあるだろと思ってたが、本当に何もなかった。

Jr_2Jr_3 この建物は階段状になってて、てっぺんまで上がれる、昇って東側と西側を撮ってみた。
 東側は何もない、西側は整備はされてるがコンビニもどきがあるくらい。
 ご飯はどこで食べたらいいのかという話には、駅の構内に10割の手打ちそば屋さんがあるのでそこで食べるしかない、との話であった。

Jr_4 ちなみに道路案内板を入れて撮ってみた。
 この地名見てなるほど、と思う人はまず居ないであろう。
 そもそも山形の方でこれ見てくれてらっしゃる方手を挙げて~~~、って居ないって。
 と自虐的に言ってみたが、さぁ、お昼を食べよう。


416 ・そば処 ふうりゅう:板そば800円大盛り150円

 だからこういう感じで駅と合体してる。
 がらっと入って靴脱いで店内へ。
 まさにお昼時であったが、お客さんはまばら。
 だって新幹線から降りる人自体が数人やったもんな。

Photo_2 店内にはこういうポスターが貼られてる、「うまいぞ、大石田。」。
 何でも男の人はフランスの陶芸家でこの町に魅せられて移り住んで15年なんだそうだ。
 女性の方は生まれも育ちも大石田だが、現在は東京の女性誌の副編集長をやっておられるらしい。
 で、コピーが「魅せられてしまう“うまい!”がここにあります。」。
 言っちゃ悪いが小さな町でも町興しや、やって損はない、やっちゃってやっちゃってー。
 現にワタシがここで見てるし。

Photo_3Photo_4 さぁ、座ってお品書き確認、するのと同時にそば茶とそばの揚げたお通しが出てくる。
 パリポリ食べるんだが、これだけで酒が呑めてしまいそうや。
 そのお品書き、基本は板そばみたい。
 ではその板そばとは???
 調べてみたら山形県内陸部で広く食べられるそばの一つで、昔は大きな長い板や木箱にそばを盛り付け、農作業や集会の後に振舞ったのが由来なんだと。
 ま、だいたい想像の範囲だわ。
 お酒メニュー、やはり日本酒やわな、お客さんとこに行くタクシーの運転手さんの話ではやはり日本酒は美味しいとのことであった。
 ついでに言うと、そばも山形の市内よりはこちらの方が美味しいそうだ、そういうことにしておこう。

850150Photo_5 10分も経たずに出てきた板そば大盛りじゃじゃーん、
 おお、浅く盛られてるからやろうけど、凄いインパクトに映る。
 でもこれくらいやたらちゅるっと食べちゃうんやろうなー、ははは。

Up じゃ、そばをたぐってみよう、ぞぞぞ~~~。
 ふんふん、ワタシはそばを語る言葉は持ってないんだが、10割そばってぼそっとしてるようなイメージがあるが、こちらのは角がピシッとしてて思ったより細麺で、茹で加減もええ塩梅で歯応えがあって喉ごしもヨロシイ。
 おつゆは鰹々した濃いお出汁に濃口醤油、なんだけど意外と甘い、へぇへぇへぇ。
 特に美味しく感じたのはわさび、この薬味のわさびはそのまま食べたら最初ふわっと甘く感じるんだが、その直後に脳天に来る辛さ。
 そばはわさびに付けて食べるんだが、なるほどこれは薬味だわ(何を当たり前のことを)。
 大盛りでももちょっと食べたくなるが、そば湯でお腹を満たす。
 そう言えば隣のテーブルの先客も後客もお品書きにあるげそ天付きの得々セット1050円を食べてたが、何でここでげそ天なのかは謎、山菜じゃなくて海の幸げそ(笑)。
 とにかくげそ天なり揚げ物で満足・満腹ってか。

416_2 ちなみに実は駅前にご飯を食べれる所はもう一軒あって、「ふうりゅう」さんから北に50m程度の所に「長作」さんというラーメン屋さんがあった。
 覗いてみたらサラリーマンがぽつぽつ入ってた、そりゃ1000円のそばは食べんし足らんわな。
 しかしせっかくそば処山形まで来たのにラーメンではワタシが寂しすぎるので断念。
 ハシゴしようと思わんかった訳ではないが、そうすると夕方に胃袋が空かないのでやっぱ止め。
 もう来ることはないと思うが、あれば今度はここで(笑)。


 次回、山形の有名なあのラーメンを食べに行く。
 明日から1泊2日で岡山&広島、明日の朝は笠岡で朝ラー「坂本」さんで、お昼は「一久」さんで大御所二軒ハシゴと心に決めてます、イエイ♪

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2012年3月10日 (土)

盛岡deそば「東家」さんのわんこそば2625円

 先週から引いてる風邪が全然治らん。
 この一週間ずっと微熱続きであったようだ(平日に体温測って熱があれば仕事に行く気がなくなるのでな)、昼間に体温計加えて発覚した。
 なので今日は家でごろってるんだが、イマイチ上昇する感じがせん。
 少しは天気が良くなってきたのでワタシの体調も徐々に上がっていって欲しいもんだ。

 では盛岡三大麺のトリを飾るのはわんこそば、これはワタシのようなチャレンジ精神旺盛の人間にはたまらん物がある(単に大食いと言うんだが)。
 盛岡でわんこそばといえばやはりこの店になるだろう。

925jr 925  ・東家:わんこそば2625円

 ワタシはこれまで二回食べに行ったことがあるが、いずれも例の岩手銀行の近くにある本店。
 創業明治40年で本店はとても風情のある建物。
 だけど今回は盛岡駅から新幹線で帰るため、しかも時間があまりないので駅前店でチャレンジ。
 ちなみに駅前ビルの2階。

Photo  店内はこんな感じで駅前ビルとは思えない作り。
 時間がないので開店11時に合わせて行ったのでこの日の一番客。
 ガッツリ食べるためにこの前に1時間ほど散歩してお腹を空かせてたのだ、準備万端。

Photo_2  おしながきはこれ。
 わんこそばは2625円、お椀を重ねると3150円になるが、そりゃー数食べる人は重ねていくと壮観である。
 しかしワタシは別に食べれば良いので普通のわんこそば。
左にソースカツ丼とエビカツ丼ソースがあるが、何で盛岡にソースカツ丼があるのかは調査不足のため不明、どなたか教えて下さい。

2625 ではわんこそばセット。
 正面のゴマから時計回りにそばを入れてくれる器にわさびやネギ、唐辛子鰹節の薬味。
 続いてマグロの刺身、大根おろしとなめたけ、鶏そぼろ、海苔、漬物やったか?
 右下にあるのはお椀を重ねない人のためのアイテムとして「わんこそば算木」。
 これは何かというとマッチ棒みたいなもんで、自分で食べた分だけ棒を置いていく、自分で分かるように。
 そんで證明書、100杯超えたらアレがもらえる、アレ(どれじゃ?)。
 あ、ちなみにこれらは全て2人前、盛岡在住のMさんとと2人で行ったから。
 当たり前だけど地元人はわんこそばは食べません、このMさんもワタシが前回訪れた平成18年以来であったそうだ。

 他のお客さんもある程度入ってきた所で戦いのゴングは鳴った。
 ワタシらは隣のご夫婦さんとの4人組で給仕してもらうんだが1回に15椀くらい持って来るんやったか(ちなみに15椀で1人前のそばと換算します)、4人で食べ切っちゃうと次に出てくるまで少しタイムラグがある。
 それでもこれは早食いでもあるので、だいたいワタシが5・6椀くらい瞬殺しての独り占めが多いんだが。
 基本的に冷たいそばを出汁と合わしたのを流し込んでくれるんだけど、開店同時だったので一気に大量のそばを茹でて〆なければいかんかったので中には冷たくなりきってない温かめのそばが出てきた、これには閉口した。
 やっぱ冷たい方が満腹感を得にくいような気がする。

 食べては次のを待って、食べては次のを待って、この待ち時間も曲者だ。
 待ってる間に確実に満腹中枢は刺激されるからな。
 隣のご夫婦は70椀くらいでギブアップ、Mさんも100杯行ってなかったはず、だよね???
 となると残ったワタシ一人にそばを持ってきて注ぐ作業が繰り返される訳だ。
 それを3回くらいやられたら流石に喉をそばが滑っていかん。
 口の中に放り込んで噛んで呑み込む、これも長続きはせん。
 ここからがわんこそばの真骨頂で止めたくてもどんどん注いでくれるので止められない。
 お椀で蓋しないかぎり繰り替えし入れてくれる、何とか蓋をしようとするんだが絶妙のタイミングで阻止するんだ。
 かくして参りましたと言って降参したのが153杯、誠に無念であった。
 150杯だからざるそば10人前、たいした量じゃないでしょ。
 あ、量を食べるポイントは汁は捨てる、ちゃんと捨て汁の桶があるので、これはキッチリ捨てた方が数食べれます、汁の力を舐めたらあっかーん。

 えーっと、食べ終わった画像もあるのですが、激戦の後であまりにきちゃないので自粛致しました。

158  ということでアレとはコレ。
 一番上がワタシがまだケツの青い時にバイトして貯めたお金で青春18切符を使って北海道から南下してきた時に食べた物でこれが平成8年で165杯、15年前やん、歳バレるがな。
 その次はその後この盛岡在住のMさんと知り合いになって行ったのがそこから10年後の平成18年、この時で110杯、今でも思い出すが2回目のこの時は100杯超えた時点で脳がそば食べたくないモードに突入しちゃって余力はあったんだけど受け付けなくなってしまったのだねぇ。
 そんで3回目は153杯と盛り返してみせた、まだまだ衰えてないでぇ~~~。

 以上が盛岡三大麺レポートである。

925jr_2  以下余談。
 盛岡から仙台に新幹線に乗って仙台でゆっくりする時間はなかったのは残念。
 前に来た時も見て回る時間がなくて、それこそ15年前に来た時は飲み食いしたんだけどもはや記憶なし。
 そんで仙台空港に向かうには仙台空港アクセス線ってのに乗るんだけど、ワタシが行った9月末は途中で寸断されててバスで代替輸送してくれてたんだけど、その後すぐに元通りに開通し、便利良くなってるはず。

925_2  仙台空港に着いて迎えてくれたのはこのグリコバン、そう、この9月25日は仙台空港完全復旧記念の日だったのである。
 もちょっと早くに着いてたら記念グッズがもらえたみたいだったんだけど、これまた残念。

925_3  ほいで最後のオチ。
 帰りに乗ったこの飛行機、ボンバルディアのプロペラ機。
 しかも座席が今まで飛行機乗った中で初めての最前列、何が危ないってこれが一番危ないかと思ったわ、ははは。

 
 ちゅーことで今の方がもっと楽しく行けると思うので、盛岡三大麺チャレンジしに行って欲しいと思う今日この頃です。

 
 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2012年3月 5日 (月)

盛岡de冷麺「ぴょんぴょん舎 盛岡駅前店」さんの盛岡冷麺800円

 昨日は熱発が治まらなかったが、夜に一人豚ニラ鍋で栄養を摂り、ついでにアルコールまで摂って今朝を迎えた。
 今日からは当然仕事なので体温計は使ってない、怖い数字が出たら行く気なくなるからな。

 では盛岡三大麺その2、盛岡冷麺だ。
 ワタシの中ではじゃじゃ麺と言えば「白龍」で冷麺と言えばここ「ぴょんぴょん舎」である、そう刷り込まされてしまった、ははは。
 まぁ、観光客のほとんどがそうだと思う。


908  ・ぴょんぴょん舎 盛岡駅前店:盛岡冷麺800円

 場所はJR盛岡駅前すぐ、って盛岡駅前店だもん当たり前か。
 この日は被災地に初めて入って衝撃映像を見てしまったので、そりゃー夜は呑んだよ。
 そんだら呑んでる最中に余震があって呑んでても固まっちゃったって訳だ。
 阪神大震災がトラウマになってるワタシには辛い瞬間だねぇ。
 とにかく駅前の焼鳥屋さんでビールと焼酎を呑んで、〆の一杯を食べに行った。
 本当は〆たくなんかないが(嘘付け)、滞在時間は限られてるもんだから、食べれる時に食べておかないと、と自分に言い訳、こうやって今の自分の肉体があるのだねぇ。

 ちゅーことでほろ酔い加減で入店、画像は最終日の昼間に撮ったので明るいが、行ったのはラストオーダー寸前、だっちゅーのに生マッコリを注文してみたり。
 いやー、酔っぱらいは恐ろしい。

 この駅前店は初めて行ったのだが、ムチャクチャきれいなお店。
 焼肉に冷麺って雰囲気からは地球からイスカンダルくらいに遠い(なんだそりゃ)。

 店内はとても静かだったので、ワタクシも静かにマッコる(マッコリを呑む、の略語、今作った)。
 
Dsc_0109  すると20分くらいで出てきたのがこの冷麺、これが盛岡冷麺だ!
 デジカメ持ってなかったのでスマホで撮影したのでピントも何もかも甘い、スマホのカメラとデジカメ(コンデジでも)は全く別物だと声を大にして言いたいワタシである。

 いかん、脱線しちゃった。
 説明によると小麦粉と馬鈴薯澱粉で作られたツルツル麺に牛骨に鶏ガラを合わせたさっぱりスープ、キムチは冷麺用の特別なキムチだそうだ。
 季節柄スイカは付かず、リンゴになってる。
 ワタシ的にはこの茹で卵だけでポイント高い。

 どれどれ、崩すのがもったいないがずずっと麺から。
 ワタシ的にはそば粉の冷麺ってかなり好きなんだけど、これはこれで美味しい。
 まぁ、アレルギーもあるしねぇ。
 しかし5年くらい前に釜山で冷麺やら温麺やら食べまくったが、あの時はそば粉やったか、うーん、記憶が薄い。
 とにかく今はこれがスタンダードなのであろう。
 牛骨スープは個人的に牛骨臭さが逆に新鮮で好き。
 しつこいが釜山では真夏であったが、冷麺頼んだらやかんに熱々の牛骨スープが出てきたもんだ。

 うーん、〆がどやこや言うてたが、食べると関係なくなるね。
 美味いのでお代わりくれと言いたい。
 そんな観光客の為に盛岡のベタなお土産としてぴょんぴょん舎の冷麺は非常に手に入りやすい、とワタシは思う。
 見かけた方は買って損はないのでたくさんのお湯で茹でた後は冷水でしっかり〆ましょうね♪

 あ、ちなみに大阪では心斎橋の東急ハンズのもちょっと東に寄った所の「jengo」という「青森・岩手・秋田」の物産と観光の情報館で購入することができますので是非どうぞ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2012年2月22日 (水)

盛岡deじゃじゃ麺「白龍」さんのじゃじゃ麺(大)600円ちいたんたん50円

 先週の水・木・金で東京から名古屋、更に岐阜まで行って来たのにもう昨日は豊橋から浜松まで日帰りで出張。
 更に明日から広島行き、そんで土曜にサービス出勤の命が下った。
 どんだけ働かす気やっちゅーねん、しかもサービスってどういうことやねん。
 薄い薄い給料でこの上サービスってアホな。
 まぁ、嘆いていてもつまらんので話を進める。

 という訳で(どういう訳だ)、昨年の秋分の日に三陸海岸の被災地を見て回ったんだが、そりゃー現実は大変であったが、被災されてない方ももちろん多くて(当たり前だ)、お腹が空けばごはんを食べるのである。
 最近でこそB級グルメともてはやされることが多いが、やっぱこういう昔からある地元の食べ物こそ真のB級グルメと言える、いや全然B級なんかじゃなくて永久にA級でも良いんだけどね(何を言ってる)。

924 Photo  ・白龍 分店:じゃじゃ麺(大)600円ちいたんたん50円

 ジャージャー麺じゃないよ、じゃじゃ麺だよ、白龍と書いて「パイロン」と読むんだよ。
 盛岡冷麺とわんこそばとじゃじゃ麺で盛岡三大麺としてせめぎ合ってる、三国志で言うところの魏・呉・蜀みたいなもんだな(ヲイヲイ)。
 盛岡に来れば必ず食べる(もちろん冷麺もわんこそばも全部食べるんだけどね)。

 場所は駅前ではなく官公庁のある所、盛岡城趾も隣にある。
 普通はバスで行くんだけど、20分ほど歩いたら行こうと思えば行ける。
 この分店の恐ろしいことは朝の9時からこの濃い味のじゃじゃ麺が食べれるってこと、讃岐うどんもびっくりの早朝営業だ。

Photo_3  店に到着した時点で少し並んでたが10分ほどで店に入れた、しかし朝から並んでじゃじゃ麺食べるなんて完全に盛岡人のソウルフードですね。
 麺はもちろん生を茹でるので座ってからも更に時間が掛かるが、茹でたては讃岐うどんに限らず望む所、カモーン♪

600 Up  そうやって心躍らされながら出てきたのがこれじゃい!!!

 まぁ、仕掛けはなんてことない、平打ちのもちもち麺に刻んだキュウリを載っけ、そこにカニ味噌じゃないよ、特製肉味噌(と言っても肉はそれほど入ってないんだけど)がどんと鎮座されているのである。
 紅生姜がまさに紅一点、無骨な彩りの良いアクセントになっている。

Photo_2  食べ方はこの「おいしい食べ方」見てもらおう。
 ひたすらかき混ぜて食べる、のであるが、にんにく&ラー油&酢で自分好みの味に仕立てて食べるのもまた楽しい。
 ちなみに酢は後から入れた方が良い、当たり前のことだけど。

 では5年ぶりのじゃじゃ麺を食べる、わさわさ混ぜてもさもさ食べる、おうおうおう、こんな味やこんな味や。
 この麺がやっぱ美味いな、きしめんでも代用できそうなので名古屋の人は自分で作ってみても楽しいかもよ、でも味噌は「つけ○みそ」じゃーダメだよ、甘過ぎ。
 朝からにんにくもどうかと思うが入れた方が美味しいに決まってる。
 茹でたて麺を混ぜただけでは滑りが悪いのでラー油も合わせてがっつり味噌を絡めて食べる。
 途中で酢を入れて味を〆てまたぞぞぞと食べる。

 本当なら上にも書いてるように食べ終わってから器に卵を割り入れてかき混ぜてお店の人に渡すと、そこにスープを入れて特製味噌を溶いてできる「ちいたんたん」というスープに変わるんだが、今回は勝手流でまだ熱い麺に生卵を絡めてカルボナーラ風、いや違う釜玉風にアレンジして食べた。
 この肉味噌には生卵も合う。
 いつまでも保守的な食べ方してたらいかんぞう、時代は進んでいるのだ(んな大袈裟な)。

50  そんで半残りの段階で「ちいたん」を作ってもらう。
 見た目が汚いのはご勘弁願いたいがこういうもんなのだ、仕方あるまい。
 しかしこのボリュームで「ちいたん」足しても650円って安いよなー。
 麺で身体を保ってるワタシとしては毎日食べても良い。
 もちろん冷麺を毎日食べても構わんが、わんこそばは毎日食べれん(当たり前やっちゅーの)。

Photo_4  飛行機に新幹線だと結構早く着くもんだ、早割に格安チケットで新幹線買うと更に安い。
 この素晴らしい建築物、岩手銀行もあなたを迎えてくれることでしょう!
 今こそ真の地元めしを食べに出掛けよう、おー。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011年11月25日 (金)

東日本大震災、三陸海岸を歩く~最終回陸前高田編~

 では「東日本大震災、三陸海岸を歩く」の最終回、陸前高田を歩いてみる。
 繰り返し言うが、行ったのは9月の23・24日で23日は南三陸町~気仙沼、この日が釜石~大船渡~ここ陸前高田である。
Photo_2
Up
 地図を見てもらえれば分かるように南の気仙沼、北の大船渡よりも湾が入り組んでないので広い、これが影響があったのかなかったのか、ワタシには分からん。

 何せ初めて行った土地なので素の姿が分からないので、こういう所なんだと言われたらそうかと納得してしまいそうだが、実はこの津波で何もかも流されてしまった荒れ地は実は町であった。
Photo_3
799
 おそらくワタシが立ってシャッターを押した場所がこの「パーラーセントラルウェーヴ」の駐車場、矢印の方向にカメラを向けて撮影したので本来ならこの正面には「しまむら」があったはずなのだ。
 R45沿いにはローソンもモスバーガーも道の駅もあったはず、だがここには何も写っていない。

 何もなさすぎて全く実感が湧かない、実に良い天気で穏やかなのが現実とのギャップを感じさせる。
Photo_5
800
 この大震災で一躍有名? になった「奇跡の一本松」を見つけたので見に行ってみる。
 津波の時にはこの松のてっぺん近くまで波が押し寄せてた、写真で見た人も多いのでは?
 松の向こうの建物がユースホステル。
801
 ユースホステルに行く橋から撮った、何がなにやら分からない。
804
 一本松からやはり北東を向いて一枚撮る、まるで何事もなかったようだ。
802
 しかし松の根元にはお地蔵さんが…。
803
 これは何というのか分からんが、この防波堤の門のようなもの、これは残ってたが、この建物が隠れそうなくらいまで高波が、一体何mあるんだろうか。
805_2
 何度も言うが右端の崩れた建物がユースホステルだ。
807
 骨格だけはあるが全体は歪んで中は全て抜かれた建物の抜け殻。
809
810
 繰り返し言うがこれは陸前高田ユースホステル。
811
 車で少し移動、残っただけの建物だが県立陸前高田病院、ここで難を逃れた人がずいぶん居たはず。
 ここからの津波の画像も見たがそれはとてつもない物であった。
814
 この立派な骨格の建物で形は留めているが、1・2・3階は津波で持って行かれているようだ。
812_2
 入口には枯れてはいたが花が供えられてあった、合掌。
817
818
 そして上の病院の画像の左端にちらっと写っていたのがあの「MAIYA」、ここも相当な被害にあったであろうが残ってる、いや残っているだけ。
Maiya
 ここでまた地図を見ていただきたい。
 駅があって駅前があって「養老乃瀧」があって…あったか???
 そう、陸前高田駅(休止中)とあるが、線路も駅も駅前商店街も何もかもないのである。
816  
 このような車が捻られてる風景も見慣れてはいかんが当たり前になってくるから恐ろしい。

 
 繰り返すがここは町であった、しかも景勝地であった、しかし今はもう何もない。

 追伸 この後、ユースホステルの西を流れる気仙川に沿う形でR340を北上したが、ある程度山を登って越えたその先にスーパーMAIYAの仮設店舗が元気に営業していた。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011年11月 1日 (火)

東日本大震災、三陸海岸を歩く~大船渡編~

 ではちょっと間が空いてしまったが9月23日から三陸海岸沿いのの被災地を知りに行った話。
 その23日は南三陸町から気仙沼に夕方入って、翌24日の釜石を知ってその後行った大船渡市の現状(つっても1ヶ月も前になっちゃったけど)。
Photo
 大きい地図で見てもらってもかなり入り組んだ湾になってるんだが津波がスルーしてくれる訳もなし。
Up
 ちょっとアップした画像で見てみる、「大船渡駅(休止中)」とある。
729
 その休止中の大船渡駅、当然何もない。
730_2
 よく見てみる、線路が歪みまくっている、こういうのを見るとまだまだ時間が掛かりそうだと言わざるをえん。
728
 駅前の風景。
 本当ならまさに左横に建っているように、「歓迎」される客だったはずなんであろう。
 そしてこの後も出てくる「スーパーMAIYA」、ここから撮影された衝撃映像を見られた方も多いのではないだろうか。
Up_2
 更に拡大した地図を参考に、駅前の繁華街であったでろうこの小さな町を歩いてみる。

 まぁ、ワタシも知らんが安直に言っちゃうと戦後の復興みたいな感じか。
 またはこれまた陳腐で不謹慎なな表現で申し訳ないが爆弾が落ちた後とか。
 本当に残ってないのである、何も。
 逆に言うとよくぞここまでがれきを排除したと誉めるべきなのか、とにかく賑やかだった頃を知らないワタシは本当にこういう町なのかと勘違いしてしまいそう。
722
 まず大きく目に付いたのがこの大型薬局の「薬王堂」、岩手県を中心に東北で130店弱の店を持つ大型チェーンだ。
 今回の震災で(津波で)陸前高田に釜石に大船渡に大槌に山田の5店舗が営業停止になってるようだ。
 この5つの地名はどこもかなりの津波の被害を受けた所、あの日の映像は見たくもないが、新聞でも雑誌でも嫌でも目に入ってくる。
723
 基礎だけ残して店内全部持って行かれちゃった、その瞬間が想像付かん。
724
 ひっくり返った船だが、「使います」とのことなので使うのであろう、いや使って欲しい。
725
726
 薬王堂まで行って、また駅に向かって北上、大船渡駅前交差点には運良く流されなかった立派な建物が2つあった。
727
 この商店街は「茶屋前商店街」という名前だそうだ、賑やかな時に来てみたかった。
731
 これは大船渡駅前交差点の北東の角、大きな地図では「のみくいや英よし」とあるが果たして。
 道路の水はもちろん海水ではなく、台風の雨水。
732
 「MAIYA」と並んで強固な建物だったのであろう、「大船渡プラザホテル」。
736
 「MAIYA」との位置関係はこんなの、左(西側)が「大船渡プラザホテル」で右(東側)が「MAIYA」。
 言い方悪いが「MAIYA」のおかげで「大船渡プラザホテル」も上の駅前交差点の建物も残ってるのかも。
733
 「スーパーマイヤ」、岩手県の三陸沿いを中心に11店舗展開してる大型スーパー。
 仮店舗で営業してる店にこの後入ってみたが、活気のある店だった。
735  
 そして気になったまた皮肉な看板を見つけてしまった。
734
734_2
 「災害は忘れた頃にやってくる」…。
738
737
 地図見て分かるように「MAIYA」の東がすぐ大船渡湾であって大船渡港、もちろんちゃんとした防波堤があるんだが、盛り上がる波は船をも簡単に越させた。
742
 車で少し離れて卸売市場の方に行ってみた、そこからかつての中心地を撮る。
 画像左に「MAIYA」の青い看板が見える。
 しかしこうして見てもらえば何もなくなってることがよく分かる。
 草が生えてきて元は何があったのか分からなくなりそうだ。
 ここに立つ電柱はもちろん復旧させた物、電気がないとなにもできんから最優先事項だったのでしょう。
741
 折り返しの地点にあったのが「岩手缶詰冷凍食品工場」、その衝撃たるや如何ほどのものであったか。
743
 そして上の地図に赤字で船と囲ってあった船がこれ。
744  
 何百メートル流されたんだろう、この大きさの船を海からここまで遡らせた津波のパワーには驚く。
747
 船の反対側から見てみる、ここは民家が建ち並ぶ区域で、既に暮らしは始まっていた。
748
 車が挟まれていた、そういうこともあり得るであろう。
 この船を海に帰すにはかなりの労力とお金がかかるということ。
745
 では遠景、「MAIYA」が遠くに見える。

 
 この列車の西側を走るR45(浜磯街道と言うらしい)の東側からなだらかに海に下っている、このR45を境に西と東で運命が交錯したということになる。
 しかし誰がこれほどの津波が来ると想像できたか、運を感じずにはいられなかったが、運だけだったのかとも思ったりもする。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011年10月11日 (火)

東日本大震災、三陸海岸を歩く~釜石編~

Photo_3

Photo_4  
 今日は11日、東日本大震災から7ヶ月、現実は進みにくいのでこちらの話を進めてみたい。
 では9月24日のお昼過ぎに着いた釜石市。
 かつては新日鉄釜石で今は釜石シーウェイブスの本拠地。
 ワタシもいろんなとこに旅行したが、ここ釜石は、つか三陸は来たことがなかった。
 釜石ラーメンと呼ばれる地のラーメンもある。
 町の印象は狭い港町、であった。
681
 この日は台風が去って2日目、この水は海水ではなく雨水。
 下水が詰まって水が溢れかえっているのであろう。
 この右側の建物がかつての魚河岸、今は当たり前ながら人っ子一人居ない。
680
 がれき跡、電化製品置き場みたい。
 木材や鉄、もろもろに一応分別されてるようであった。
 山のようにと簡単に言うが、本当にがれきの山なのである。
 これは今のペースで今の人数で片づけてる限り、数年掛かりそうな感じを受けた。
682
 臨時のバス停、岩手県交通~まちなか循環バス~東前停留所。
 列車は走ってないので(走れなくなったので)バスが一般の人の足になっているのであろう、自家用車のほとんどを失ってしまったから。
 半年以上経ってるので道は普通に走れるようになっている、市街地の信号は点いてたり点いてなかったり。
 驚くべきことは繁華街全滅の中、一軒のローソンが開店していたこと。
 まずはやってみる、その姿勢に感じ入った。
683
 こちらに来てよくある光景ながら。
 このレンガ造りの古い蔵が残ってたのはレンガだったから?
 違う、それもあるのであろうが、運が良かったから、それに尽きる。
 この後ろにある山、ここまでは被害は来なかったようだ。

 
 この日は民主党の前原政調会長も釜石を視察しに来ていたらしい。
 「見て」、そしてどんな行動を起こしてくれるのか、釜石のみならず日本人全てが「見て」いることを忘れないで欲しいもんだ。

 
 3連休は久しぶりに休んだ気がした、明後日から名古屋出張、今月残りはハードです、とほほ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011年10月 3日 (月)

東日本大震災、三陸海岸を歩く~気仙沼編~

 ワタシの記憶も皆の記憶も色あせない内に進める
Photo
Up
 9月23日(木)に南三陸町から向かったのは気仙沼、東日本大震災の時は火災に遭った町としての印象がある。
 到着したのは17時半、暗くなりかけてきた。
 気仙沼の観光船発着所の南町海岸に車を停める。
693
 気仙沼ちゃんの旅館がある大島行きの船乗り場、まだ形が残ってるだけ良いのかな(良いって言い方もないな)。
694
 小さな町を歩いてみる、早速目に入った光景がこれ。
 地図を拡大して今見てるが、「丸桝食堂」という食堂がかろうじて残ってるが周りは軒並み倒れたようだ。
695  
 そこから北に少し歩けばコンビニがある、いやかつてはあった。
 後ろの「まるへい」というのは呉服のお店だそうだ、どこでも共通してるのはしっかりした建物は1・2階はどうあれ残っている、当たり前なことなのだけど。
696
 視線を北に切り替える、何が傾いてて何が水平なのか分からなくなる。
 丸を付けた部分に注目していただきたい。
697
 チリ地震津波を教訓にしたつもりであったのであろうが、逆に皮肉になっている。
698
 そしてこのぺしゃんこになった建物は「男山」という気仙沼の地酒の本店。
 最初は何がどうなってるのか分からなかったが、どうやら1階が潰れて2階が1階になってしまったようだ。
702  
 後ろから見てみる、やはりそうみたい。
 しかし見ての通り、社屋は全壊してしまったが、その後何と新酒を仕込みを再開し、完成させてしまったらしい。
 呑んでみたい、このお酒。
699
700
 そしてここ気仙沼の港にはこのように、森進一が歌った「港町ブルース」の歌碑がある。
 歌詞に気仙沼と歌われているのだ。
701  
 ちょっと分かりにくいので引いてみる。
 とにかくいびつな形になっている。
703
 少し港から離れて町を歩いた、「佐々木金物店」というらしい。
 木造でも1階は抜かれてるが何とか建ってるのはここまで来ると割と地形が細々してて途中で津波の威力が分散されたからだと思われる。
705
 今度は南下して港の方に戻ろうとする。
 基礎がしっかりした建物以外は繰り返すが建っているのは難しい。
708_2
 そしてもう少し南に下って港の西の方に当たる場所にこんなオブジェが。
 「2011.3.11 GROUND ZERO 風の広場」、とにかく胸が鷲掴みにされたように痛い。
709
 また別の筋に入ってみる、本当は飲屋街だったのかな?
 むろん今は賑わうべくもない。

 
 前に見た南三陸町と比べると入江が狭くて複雑な分だけ波が入り込みにくかったのかと思った。
 現に港から100mくらいまでしか津波の被害はないように感じた。
 だから気仙沼プラザホテルは再開されてたし(上の地図参照)、そこの広い駐車場に隣接されてあるお土産物売り場で三陸産のふかひれスープをお土産で買って帰ったくらいやもん。

711
637  
 ところが酷い被害があったのはこの湾のドン突きの冷凍食品のヤヨイの気仙沼工場。
 防波堤を超えたら即工場なので建物は辛うじて残ってたが(残ってると言うのか!?)、目を逸らしたくなるような現場であった。

 
 しかし、それでもこの4日後の27日には大島とを結ぶ客船が震災以来復活したそうです。
 気仙沼ふぁいと!
 

 
 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011年9月26日 (月)

東日本大震災、三陸海岸を歩く~南三陸町編~

Photo  
 先日の3連休を利用して、東北に行って来た。
 縁あって、たまーに岩手は盛岡に遊びに行かせてもらってるのだが、今回この未曾有の大災害が起こって、別にワタシなんぞが行っても何もできることもなく、逆に一所懸命働く人やボランティアの方の邪魔になっても困ると思ったりもしたが、家に居て本当か嘘か分からん様な話を聞いて間違った情報を鵜呑みにするくらいなら、いっそのこと行って、実際の状況を知って、本当に僅かながらでも現地でお金を落としてきたらいいかと思い、行った。

 金曜日に伊丹から仙台まで飛んで、そこからいろいろなルートで三陸海岸に行った、それを時系列で「見た」だけの光景を載せる。
 ただし載せるだけ、ワタシは知りに行っただけであって、がれきの一つも片づけた訳ではないので何も言う資格はない。
 だけど「見た」からには政治家なんぞのお偉いさんが、「見た」だけで終わってることに対しては今後言いたいことは言いたい、何故ならばワタシは一個人、方や立場のあるお方、「見た」だけでは済まされぬと思うから。

Photo_2  
 では仙台空港から塩釜までお昼を食べに行ってそこからの話、具体的に言うと9月23日の15時半に着いた南三陸町から。
645
 最初に車を停めて見た光景がこれ。
 右の建物はサンポートという大型ショッピングセンター、自動車がくしゃくしゃになってるのは今後どこでも見る景色になる。
 その後ろにそびえるがれきの山、ここまで集めたのは瞠目に値する(おかげで津波に呑まれた道路がちゃんと元通りになってる、その代わりに集落はなくなってたが)。
646
 この左隣にはほとんど形だけのガソリンスタンドがあった、営業を行っていたのには驚いた。
647
 上のくしゃくしゃになったがれきを逆から見てみる、このサンポートと奥の公立志津川病院が残ってたのは建物が立派であったから、それに尽きる。
648
 決して狙っていった訳ではなく、ずんずん東に歩いていったその先にあったのがこの鉄骨だけになってしまった建物。
 何か書いてあるようなので近付いてみることに。
649
 ここで振り返ってみる、改めて津波の威力の恐ろしさを知る。
650
 また歩き出す、かろうじて残った橋を渡ってみる、先にあるのは荒れ果てた景色のみ。
651
 この鉄骨にはこう掲げられてある、「よみがえれ 故郷 ふんばれ 南三陸町」。
 町の防災対策庁舎だそうだ。
652  
654
 UPで見てもらいたい、泣けた。
655
 防波堤に目を向ける、どうやったらこういう物が横倒しになるのであろうか。
656
 ぐっと遠くからサンポートを望む、ちなみにこの水は海水ではなく、台風15号の雨水。
 辛い次期は続く。
657
 上の鉄骨を真横から見てみる、よくぞ建っていられるもんだと思う。
 というか、負けるな、立て!!!
658
 胸が締め付けられる光景、合掌…。
660
 何がどうやってここにこんな蒸気機関車みたいなものが転がってるのか、謎だ。
663
 この建物は南三陸町志津川公民館、この画像では右側が崩れているがこっちが北側なので、引き波がよほどの威力があったことが想像できる。
664
 西側から見る、とにかくがれきの山が半端じゃない、こんなパワーショベル? で奮闘しても砂山をスプーンですくうようなもんだ、この先どうすんのや?
665
 サンポートの隣には郵便局がある、もちろん建物があるだけ。
666
 西へ歩いてみる、休止中とある志津川駅、そりゃそうだ、高架橋がなくなってるんだから。
667_2
 しかしこのカーブには見上げたことにENEOSが営業を既に再開していた、少しだが光は見えている。
669
 では最後に公立志津川病院に向かう。
 上のGSでもそうだが、ぱらぱらとお客さんはある、地元の人はもちろん、我らのような見に来ただけの者も居る。
 いくらワタシがショックを受けていようが、地元の人達には観光客にしか見えない、そりゃそうだ。
 この病院に入る前に通りすがりの地元のおばさんに大声で言われた。
 「ちゃんと手を合わせて下さいね!!!」、ごもっともなお叱りである。
670
 入る前からただただ唖然とするばかり。
679
 入口に「京都府隊全館確認済」とあった。
675
 2階に上がってみたら何故か自動車が残されてた。
677
 志津川病院の3階から一枚撮る。
678
 そして最初と最後に合掌して次の町に向かった。

 
 昨日帰ってきて早速明日からまたいつもの出張の毎日、広島に行って来ます。
 少しの間さようなら。

| | コメント (2) | トラックバック (0)