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2019年6月15日 (土)

ウラジオストク日本人ゆかりのスポットを歩く

 昨年秋にロシアはウラジオストクに行って来たことは既に何度も述べた。 
 これから夏休みにどこに行こうかと検討中の方には是非とも候補地の一つに入れてもらいたい。
 物価は安いし、真夏はそれなりに暑いが、治安の心配はないし、何より食べ物が安くて美味いのはポイント。
 あと、成田からだと2時間で行けちゃう、最も近いヨーロッパっていうのも響きが良い。
 何よりロシアに行って来た、って人レアだと思うけど???

 今では韓国人のと中国人の姿が目立つロシアではあるが、かつては6000人近い日本人がウラジオストクには住んでいたらしい。
 1860年以降、ロシア船が自由に日本に渡航するようになってから、日本人もウラジオストクに行くようになった。
 1876年(明治9年)には貿易事務所を開設。
 以降、多くの日本人が「日本に一番近いヨーロッパ」へ渡り、1919年には上に書かれているように6000人近い在留邦人が居たそうだ。

 紆余曲折あったが、こうしてまた自由に行けるようになったことでもあるので、日本人ゆかりのスポットに行ってみた。

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 とにかくこの鷲の巣展望台から金閣湾大橋を見ちゃったらもうウラジオストクなんて見るものないからな。
 けどもウラジオストクを極めたいという人は坂道多くてしんどいけど是非行くべし。
 
 余談ながら街歩きしてると日本と違和感をそれ程感じない。
 それはウラジオストクは日本車天国、9割が日本車、内半分はプリウスだから。
 そんで日本から輸入した車をそのまま走らせてるから、おやっと思う車が多い。

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 「世界のパン ヤマザキ」とか「福山通運」とかそこらじゅうを走ってる。

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 あまつさえ「若鶴」と書かれた「カナカン㈱ 富山支店酒類課」という車まである。
 よく知らんが「カナカン㈱」さんも、まさかかつては自分とこの車がロシアはウラジオストクを走ってるとは夢にも思うまい。

 閑話休題。

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 起点として分かりやすい、ウラジオストク駅から300m程の中央広場から歩き始めることにする。

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 ちなみにワタシはこんなルートで行ってみた、ロスのない道筋だと思うぞ。


 ①旧日本国総領事館:日本貿易事務所の跡地に1916年に建てられた石造りのギリシア式建築、今は沿海地方裁判所だそうだ。場所的にここが最初になるやろな歩いて3分くらいやし。

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 ②旧朝鮮銀行:①の向かい、1919年朝鮮銀行浦潮斯徳支店開設。その後はオホーツク海の漁業に関する業務を行ったが、30年にソ連政府によって閉鎖させられたそうだ。この辺はまだ坂の登り始めなので何てことはない。

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 ③旧杉浦商店:1880年にアメリカと取引していた横浜の貿易商会がウラジオストクに開設した支店。ロシアらしくない明るい建物。①~③は角に集中してる感じなのでどんどん行こう。

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 ④旧「浦潮日報」編集部:一つ北に上がった角、青い格子で一目でわかる独特の建物。1917年12月19日創刊の日本語新聞の編集部があったらしい、へぇへぇへぇ。

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 ⑤旧堀江商店:1982年に日用雑貨輸出商としてウラジオストクに渡り99年に経営者となったそうだ。この場所24時間の大型スーパーの真ん前にあるんだが、人の手が入ってないので今では幽霊屋敷みたいになっている。良い場所なのに、壊して新しいの建てるとか移築すりゃ良いのになぁ、もったいない。これを放ったらかしにしてるのがいかにもロシアっぽいやりっぱなし。

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 ⑥旧日本人小学校:最初の日本人学校は⑦の浦潮本願寺の一室に開校されたが。1913年にこの建物を購入したらしい。1931年閉鎖、今は静かな一角となっている(隣に安いスーパーあり)。ここからどんどん北に向かって坂を上がって行くことになるので根性入れて。

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 ⑦潮本願寺記念碑:1868年開設。在留邦人の癒しの場所であったそうな。37年に閉鎖。今では朽ち果てた感じがあるが、たまには日本人誰か訪れてやってクレイ。ここまで上がってきたら相当疲れてるので、落ち着いたここで少し涼むがヨロシイ。

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 ⑧与謝野晶子記念碑:ここまで歩くのどんだけしんどいか、だけどワタシにとってはここがメインや。⑦から更にひと踏ん張り、と言いながら暑さと疲労により途中のスーパーでドリンク補給、ロシアはヨーグルトが美味い。小高い丘の頂点の学校みたいな敷地の中にあるが、入っても誰も咎めることはない。与謝野晶子はこんなとこまで何しに来たのか、よう分からん。

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 ⑨旧松田銀行部:日露戦争後の1970年に長崎の十八番銀行支店として開設。19年に朝鮮銀行浦潮斯徳支店となったとか。⑧から下ってきたらかなりへとへと、登りも登った下りも下る下る。
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 この旧松田銀行部の途中にこんなの発見、カプセルホテル流行ってるみたいよ。
 ワタシもウラジオストク滞在中、部屋がなくて2泊カプセルホテルで泊まったもん。

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 そのカプセルホテルこんなん、超未来的なカプセル、宇宙船かっちゅーねん、凄過ぎる。

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 ⑩入野義朗生家:現代音楽家の入野義朗は1912年ウラジオストク生まれで、入野の父は鈴木商店の支店長としてこの建物に住んでたそうだ。ここはワタシが泊まってた宿から坂を下った所、なので一旦、宿に戻ってロシアのカップ麺を試食してみてからの再出発。

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 カップ麺はラーメンとスパゲッティだが、ラーメンは古いタイプのシンプルな味でスパゲッティはお湯加減間違えたか、いずれにせよ昭和の味であった。

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 この建物は今でも現役で中には入れんかったが生活感のあるなかなか趣深い建物であった。

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 ⑪二葉亭四迷のゆかりの地:ここから坂を下りきって東に平坦な道が続くのでいくぶん楽。東京外語学校でロシア語を学んだ明治の作家、二葉亭四迷は1902年に3週間ウラジオストクに滞在したらしい。現在はウラジオストク市博物館。

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 この周辺は凱旋門とか潜水艦とかいろいろあるので、ぶらっとするには坂もないし良いかも。

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 ⑫ロシアにおける柔道発祥の地:1914年にこの建物でロシア初の柔道普及が始まったそうだ。在留邦人とロシア人が柔道を通じ交流したそうだ。ちょっと昔にショータ・チョチョシビリと猪木が異種格闘技戦やったことが懐かしい。隣に⑬がある。

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 ⑬「ロシア柔道の祖」ワシリー・オシェプコフと加納治五郎の像:サハリン出身のオシェプコフは1911年に講道館に入門し、14年に帰国してクラブを創設したそうだ。黒帯授与されてる銅像がある。治五郎先生ちっちゃ!!!

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 ⑭旧東洋学院:1899年に極東ロシアで最初の高等教育機関として設立。中国語や日本語、モンゴル語に満州語なんかが教えられたそうだ。今は極東連邦大学、バリバリの現役である。この通りは鷲の巣展望台行きのケーブルカー乗り場があるのでひんぱんに通る場所、つってもいつも静かなんだが。

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 ⑮プーシキン劇場:1915年、芸術座の松井須磨子という人が出演したことあるらしい。当時この方が歌った歌謡曲「カチューシャの唄」は日本でも大ヒットしたんだそうだ。敷地内に本当にしょんぼりした「しょんぼりプーシキン」像があるので、これまでに何度も取り上げてるがこれは必見。

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 ⑯旧横浜正金銀行:一通り散策してウラジオストク駅にAPまでの帰りの電車の時間を確認しに駅まで行く途中にチェック。いつも通る場所だが、1918年から22年まで営業してて、今はアルセーニエフ博物館というらしい。賑やかな交差点なので歩行者は気を付けましょう(普通は地下から行きます)。

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 ということで歩きやすい所から順番に巡ってみた。
 泊ってるホテルの関係もあるので、どこから始めるかはそれぞれで考えてクレイ。
 距離的にはどうってことないんだけど、繰り返すが坂がしんどい坂が。
 ぶらぶら歩きでも4時間は要らないと思うので、時間持て余してどこ行こうかと考えてる人はかつての日本人の足跡をなぞってみるのも良いかと思う、ぶっちゃけこれくらいしかやることないしな。


 あ、あとプチスペシャル観光ポイント、日本人にゆかりは全くないが外国人にも地元人にも人気、と思う。
 ⑰「海の男」銅像:この銅像の親指に触れると幸せが訪れるという。なので人が絶えない地味ながら人気スポットなのであった。

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