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2015年7月20日 (月)

フィリピンはマニラに行こう!!! その①観光編~世界遺産 サン・アグスチン教会&サンチャゴ要塞&マニラ大聖堂&リサール公園~

 昨日家に着いたのが21時半、フィリピンはマニラのホテルを出たのが8時前やったから、台北で乗り換えとかグダグダしてる時間はあったが、何やかんやで12時間以上掛かって戻ってきた。

Gedc0469Gedc0470 4泊5日でしかなかったが、戻ってきたら何食べようかと考えると、いつも何てことない立ち喰いうどんのきつねうどんを食べてしまう。
 やっぱり出汁が恋しくなるのだねー。
 うどんは別に作り置きのぶよぶよで構わんし、油揚げもたいそうなもんでなくてもいい、お揚げさんとうどんとお出汁、これがいつも日本に戻ってきて最初に一番に食べたい物なのである。
 この280円のきつねうどんを食べる為に10万円近くのお金を出して行って帰ってきたのだとしても、ワタシにとっては値千金の一杯。

 ところが家に戻って溜まってた新聞をチラ見したら、陰鬱たるニュースがほとんど、帰って来なくても良かったかな、なんて夢想してみたり。
 

 そこは現実逃避して、フィリピンはマニラの話をしたい。
 構想は5年くらい前から練ってたのだが、ワタシの夏休みはいつも9月末に取るので、その時期は日本で働くフィリピンの人達が日本へ戻ってくるラッシュらしく、行きの飛行機は取れても帰りの便が取れなかった。
 そういうのが何回かあってずるずる伸びてたが、今回そろそろ東南アジアの行く先が尽きてきたのと、今年は7月に前倒しで行くので混んでる心配がないことからついに行くことになった。
 行くと決まれば治安が心配になる、何も考えないのといろいろ考えて何もしないのは全く違う、しかし自衛の手段がこれといってないことから、とりあえず自らの警戒レベルをいつもより上げて行くことにした。

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 台北経由でマニラに到着したのが16時で、タクシーでホテルに着いたのが17時20分、時差は1時間ね。
 ワタシが泊まった所はメトロ・マニラ中心部の南の下辺で、繁華街から1km程下がった所、「HOTEL JEN MANILA」。

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 18階建てやったか19階建てやったか、室数もメチャメチャあるかなり高級なホテル。
 道路一本西に越えたらマニラ湾が見えるオーシャンビュー(ワタシが泊まったのは12階、一応海は見えるがこの画像には入れてまへん)、今回ええホテルに泊まったから相変わらずの貧乏旅行でもリッチな気分やった。
 あ、上の画像が波打ってるように見えるのは、乾電池のデジカメのパノラマ機能で、このレンズが広角なので接合部分が歪んでしまうのである、余談。

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 マニラの日暮れは早い、18時になるとだいぶ暗くなる。
 ワタシが買ったポケットに入る程度の情報量のガイドブックでは近所にデパートがあるというので出掛けてみたが(徒歩5分程)、これが「ハリソンプラザ」と言い(画像は翌朝撮ったもの)、大概の飲食チェーンが入っており、フードコートもあり、そしてこれから4日間毎日通うこととなる「SHO P WISE」という地元人御用達のスーパーがあって、ここの品揃えがあまりに良く、値段が全部書いてるので安心して買えちゃうから朝も夕もほとんど毎日行った。
 少なくともこのスーパーに居るにあたっては、治安がどうのこうの心配してるのがアホらしくなるくらいに健全だったので、何とかやっていけそうかと思った。
 余談であるが、この「ハリソンプラザ」はあの勇午も行ってる、家に帰ってから「勇午【フィリピンODA編】読み直したが、1巻で何度も出てた。
 そう聞いたら安心して行けるでしょ!?

 前フリが長くなったが、観光のメインは世界遺産、「バロック様式の教会群」の一つ、マニラの「サン・アグスチン教会」である。
 これ本当に負け惜しみで言ってる訳ではなくて、天気が良かったのは帰る日であった昨日だけ、毎日々々、雨期らしくどんよりした天気でラッキーやった。
 気温は昨年のダナンとかに較べたら全然マシやったんやけど、とにかく湿気がもの凄い。
 昨日関空から出た時も蒸しっとしてると思ったけど比較にならん。
 マニラでは身体がずしっと3倍くらい重く感じる(3倍!?)、そんな湿気。
 直射日光直撃やったらラオスみたいに軽度の熱中症になってたかもしれず、天気が良くなかったので歩き回れたのが本当に助かった。

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 また話が逸れるが、これ18日(土)にまだ行ってない市内観光に朝から夕方まで行ってきて、更に上述の「SH0 P WISE」でしつこく買い物して部屋に戻った時のT-シャツ。
 汚いと言えばそれまでやけど(笑)、この汗の掻き方どうよ。

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 デパートはエアコンが効いてて、地元市民が涼みに来るような場所でもある、それくらいの広さなんだが、そこでクールダウンして10分弱歩いてホテルに戻ってくるまででこのリュックの跡に汗がにじむんだよ、全くもって鬱陶しい湿気やった。

 話を戻して、その世界遺産を観に行ったのは着いた翌日なので16日、歩いてよりも丁度南北に走ってるLRT(Light Rail Transit)で簡単に行けそうやったので、ホテルの最寄りの「VITO CRUZ/ビト・クルス」駅から「CENTRAL/セントラル」駅まで4駅を初乗りしてみた!!!
 とにかくフィリピンは銃を持ってる者も居るので、どんな施設に入るにも必ず手荷物検査があるし、入口と出口は完全に分けられている。
 ちなみに銀行の前にはショットガンを持った警備員が居る、そこがビビらせる原因の一つやろなー。

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 LRTは高架鉄道なので、まずは入口の階段からホーム階に上がって警備員にリュックの中身を見せて、警備員が木の棒かなんかでささっと形式上なでて(ここでカチッと当たる物があったらおそらく詳しく調べられるのであろう)、何もなければチケット売り場で行き先告げて使い回しのカードを買ってホームに入って電車に乗る。
 ちなみに出る時はデパートでもどこでもフリーで出られる、だけど一旦出たら顔見知りになってても、再度チェックはさせられる、これがルール。
 車内はいつも満員で老若男女乗ってる、フィリピンの人達はワタシの印象では陽気で優しく親切な人達が多いと思ったが、特にLRTとか乗ってるとすぐに席を譲ってくれようとするのには参った。
 確かにオッサンやけど、あんたとワタシじゃ歳変わらんぞ、ってな人が平気で譲ってくれる、そういう親切な国民性なのである。
 来たLRTが満員なのでどんだけあべしと言わされる暑さなのかというと、これが実にエアコンがカキーンと効いてて涼しい、阪急電車には即刻見習ってもらいたい(阪急電車はエアコンをほとんど入れない、イメージだけのクソ電車)。
 つり革の広告にはマニー・パッキャオがPCかスマホか何かの広告に出てたり。
 スリが多いとよく懸念される所だが、それはフィリピン人も同じ、なので皆リュックは背中じゃなくてお腹に回してる。
 でも何回も電車に乗ったが、危ない思いは一度もなかった、夜は知らんけど。 

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 ようやっと「CENTRAL」駅から歩いて観光してみる。
 イントラムロスというスペインがマニラを占領した際に築いた城壁があって(完成1606年)、その内側の町がまんまヨーロッパなんである。
 内側に入った瞬間、おおー!!!って唸ったもんな。

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 そんでこの城壁を利用したスタバがイントラムロスの東側の北のどん付き、入国管理局の前にあるんだよ、これには流石スタバと驚いた、「すなば」さんにはできんわ(当たり前やっちゅーねん)。

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 イントラムロス内には学校もあるようで、制服姿の子供達が歩いてた、いやー、良い環境だわ。
 おそらくある程度裕福なお子さん達なんやろな、ホテルの周りとか繁華街とかはまだマシやったけど、少し外れると裸足の子供らがまだまだ多かったもんな。

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 サンチャゴ要塞ってイントラムロスの北限にある所に向かう途中にこんな味わい深い建築物を発見。
 新しいと旧いが融合してる、実に雰囲気のある町よ、ここ。
 そういった点で言うとマカオに近いか、あそこはポルトガルと中華の融合やからな。

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 まぁ、天気がイマイチなサンチャゴ要塞、何でも150年かけて建造されたらしい。
 上でも述べてるように城壁都市の北端にある。

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 この頃にはぽつりぽつりと雨が、そんで中国人の観光客が来てうるさ…いや賑やかになったのでやり過ごしてから門をくぐって中庭に入る、奥には兵站基地や牢獄があったそうだ。
 そんでその牢獄跡には今でも人形の日本兵が誰か分からんが監禁してる構図になっている。
 こういうのアジア各国でやってるから肩身が狭い、マレーシアのマラッカでも日本兵の人形が飾られててイタタな思いしたからな。

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 更に奥に行くと見張り用の灯台??? があって、流れてる川はパシグ川と言う。

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 フィリピンの国民的英雄ホセ・リサールという方がが幽閉されてたこともあって、中庭の西側には記念館が建っている、別途入館料が要るようだったので入らんかったが(ケチくさっっっ!!!)。

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 次に進む、ワタシが持ってたガイドブックのお勧めコースでは西のこのイントラムロスの入口から入って、サンチャゴ要塞からマニラ大聖堂を経てサン・アグスチン教会を観るのが効率が良い、みたいなことを書いてあった、あっそ。

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 ワタシが注目したのはこの入口のそばにあるコンビニ、ミニストップなんだが実に建物がヨロシイ。
 同じくマニラ大聖堂の隣にもイケてるセブンがあった。
 基本、セブンが主流でミニストップが追いすがってるようなコンビニ事情、そこにFMが新興勢力として出来つつある感じ、ローソンは繁華街のロビンソン・プレイズで一軒見かけただけ。

 ちなみにこの馬車は「カレッサ」と言って、ここイントラムロスやマニラの繁華街と、ワタシはちょこっとかすめたくらいであるが、チャイナタウンでよく走ってるそうだ。
 この客引きは結構しつこいし多いかな。

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 やっとマニラ大聖堂に着いたんだが、いよいよ天気が悪くなってきてスコール寸前、なので画像が実に暗い、全く何も見えんなこりゃ。
 全くその通りで、スコール程度ではどないもならんと思うが、マニラ大聖堂は台風や地震や戦火で何度も破壊され、現在の荘厳な建物は1958年の物だそうだ。
 ちなみに勇午はフィリピン編の最後でこのマニラ大聖堂の上空で飛行船を爆破させて、マニラに雪を降らせてる、余談。

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 礼拝堂のステンドグラスはどこの教会でも美しい。
 15分程で出てきた頃には降り出した雨は一旦止んでたので一瞬涼しくなったが、それもその時だけのこと、ヤレヤレ。

 では行こう、メインの世界遺産であるサン・アグスチン教会に、この大聖堂からだと5分南に下がったとこ。
 ここに来るまでに5年、相当な時間が掛かったがようやっと来れた、来たのだワタシは!!!

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 1571年に建てられたというこの教会、1571年でこの石造りというもの凄さ、圧巻である。
 ヨーロッパのバロック建築の影響を受けており、フィリピンで最初のキリスト教会なんだそうだ。
 ちなみにフィリピンはアジア唯一のカトリックの国、なるほど帰る前の日に上で述べたデパートの「ハリソンプラザ」の2階に教会があり、そこで夕方ミサが行われていた。
 しつこいが「勇午」劇中でも同様にミサの描写が出てくる。

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 さておき外見からオーラを纏ってるんだが、中も当然素晴らしい。
 ワタシは「おー!!!」、しか言ってなかったけど(笑)。

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 回廊も厳かである、ちなみに騒ぐのと触れるのとフラッシュが禁止されてる。
 なので三脚を持ってる人はナイスでしょう、じゃなかったらワタシみたくブレブレになっちゃう、くそう。

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 そして中庭までもが世界遺産や(ホンマかいな)。

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 礼拝堂に至っては言葉も出ないくらいの威厳があり、もう少し涼しかったら1時間は居れた(この辺で無宗教なのが分かる)。
 ステンドグラスももちろん素晴らしいが、とにかくこの雰囲気が何よりナイス。
 5年越しの分だけ思い入れが強いのかもしれんがな。
 とにかく姫路城の天守閣も凄いが、同年代で石造りってのが西洋文化の当時の偉大さを思わせる。

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 2階は美術品などを展示した博物館みたいになっており、そこは涼しくて、いやいや、年代物のキリスト像や衣装や聖杯等が置かれて、これも好きな人にはたまらんであろう。
 ワタシはこの階段のドーム状のレンガ造りの方に気が行ってしまったが(笑)。
 途中また雨が降ってきたってのはあったが、1時間以上居たので世界遺産はダテじゃない(1993年登録)。

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 名残惜しくはあったが、時間もなくなってきたので次に行く。
 隣がカーサ・マニラという、昔の上流階級の家を「再現」した石造りと木造の折衷建築があり、特にスペイン風の中庭が美しいとあったが、レプリカでは興味は薄いので、外観だけ写真撮ってスルー。
 ま、この辺りは石畳で趣深くはあったけど。

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 本当に後ろ髪引かれる思いでサン・アグスチン教会の横を抜ける。

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 そして南に下ってイントラムロスの外に出る。

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 この時は小雨が降りしきっており、イントラムロスの南にあるのがリサール公園と言って、マニラのヘソの当たる由緒ある公園らしい。
 アメリカ統治期に整備され、巨大な公園には木も多く、地元の人達もピクニックや散策に訪れるとのこと。
 確かにメチャメチャ平和なだだっ広い公園であったが、それでもこのガイド本によると「人が少ない夜は近づないこと」だって(笑)。
 そりゃ、日本でも危ないだろーよ、舐めちゃいかんけど危険煽りすぎてもいかんぞう。

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 マニラ湾に近い方の道路沿いに、巨大な国家掲揚塔があり、それはまるでマレーシアの独立広場のようであった。
 この時、16時くらいであったが、まさにスコールが降ってきてここら辺にいた人皆でポリスボックスで雨宿り。

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 30分近く雨が行き過ぎるのを待って、公園内を東に500m程移動した所にある、ラプラプ像ってのを観に行った。
 ワタシのガイド本によると「世界一周の航海途中だったマゼランを倒したのがセブ地方マクタン島の首長ラプラプ。巨大立像は2004年に完成。」とある。
 ワタシはマゼランの最期なんて全然知らなかったので、そいつは是非とも行かねばとほとんど小走りで行ったが、あまりにも巨大な銅像で驚いた。

 事情は以下。
 1521年にフィリピン諸島を発見したマゼランはセブ島に3週間滞在し、熱心に布教活動をし、セブ王含め500人程のセブ島民を改宗させたらしい。しかし首長を引っ張り込んだことで、政治にも首を突っ込むことになったマゼラン。その内強硬になり布教に当たって武力をちらつかせるようになっていき、セブ島周辺の王たちのほとんどはマゼランに従ったが、改宗と服従を強要するためにセブ島対岸の小島マクタン島では町を焼いちゃったりもしている。このことでマクタン島民は反感をつのらせ、その後マゼランは4月27日マクタン島に突然出撃。これはマクタン島の王の一人ズラが「マゼランの要求に従う気はあるが、もう一人の王ラプ=ラプが従わないので困っている。小艇に兵を満載して救援に来てほしい」と言ったのを伝えて聞いたからだそうだ。そこでマゼランはラプ=ラプ王を従わせようと3隻の小艇に60名の兵を乗せてマクタン島に乗り込んだが、ラプ=ラプ王は既にこれを察知しており、60名の内11名を小艇の警護に残して上陸したマゼランの49人に対して1500人の軍勢を配置し、マゼランは多勢に無勢にもかかわらず戦闘に突入。しかし、30倍の数の敵に対しマゼランの兵はやがて敗走、マゼランの周りには6人から8人程が踏みとどまって戦うだけになる。ラプ=ラプ王の兵の竹槍はマゼランたちの甲冑に通じず戦いは1時間に及んだが、ラプ=ラプ勢は防具をつけていない足に攻撃を集中し始め、遂にマゼランは戦死したそうである、長っっっ!!!
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 あと、このラプラプ像の隣に旧フィリピン政府観光省って20世紀初頭にアメリカによって建てられた新古典主義的デザインの建物は現在改築中で、秋には国立自然史博物館になる予定だそうだ。

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 そして最後にこの公園を抜けてまた「CENTRAL」駅に戻る為に北上する途中、マニラ市庁舎の時計台はフィリピン最大だということなので、学生さんで大混雑する中を何とかかき分け行ってみたが、どこから見るのがベストポイントが分からず、中途半端な画像になってしまった。

 帰りの「CENTRAL」駅は学生さんで超混雑してて、とても電車に乗るのは難しそうに思えたので、一駅北の「CARRIEDO/カリエド」駅(ここがチャイナタウン)まで歩いて、そこからLRTに乗って「VITO CRUZ」に戻った。


 はふー、超大作になってしまったが、これがフィリピンはマニラの歴史観光の主要なものだと言える。
 繰り返すがチャイナタウンは残念やったが、それは人の営みの方なので、観光ならばこれが定番だと思う。
 治安が悪いと盛んに言われているが、繰り返すがそれ程悪いとは思わんかった。
 町は昔の都会でかなり古びてはいるしスラムもあるが、新築ラッシュも盛ん。
 悪いと思ったのは治安より交通マナー、これは今まで行ったどの国よりも悪かったと言える。
 しかしそれは気を付ければ良いだけの話で、フィリピンの人達も轢こうと思って走ってる訳じゃない。
 なので結局は自分の意識だけの問題だと思う。
 何よりワタシにとって良かったのは矛盾するが、日本人が居なかったこと。
 空港とホテル以外ではほとんど見んかった、季節柄かそれとも敬遠されてるからか。
 なので、治安が…だけで行かないのはもったいない。
 セブ島もええかもしんないけど、マニラにも観るべき所は多いので、世界遺産好きな日本人やねんから行って損はないであろう。
 麺はほとんどなかったけど米はメチャクチャ食べるので、全然不便はないと思うぞ。
 いっぺん行ってみ!!!


 ちゅうことで次回からは気が向いたらその他話を続けることとする。
 食べたもんとか物価の話とか、その他観光地なんかねー。
 

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